豐葦原

明治天皇御製 世はいかに開けゆくとも古(いにしへ)の國のおきては違へざらなむ

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大川周明の「歴史」への誘い

高森アイズ□-□> 『大川周明の「歴史」への誘い』 其ノ壱


高森アイズ□-□> 『大川周明の「歴史」への誘い』 其ノ弐


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大川周明(法学博士、明治19年~昭和32年)の「歴史」論の一端を、
主に『國史讀本』(昭和6年、先進社)から紹介。

「日本二千六百年史」 大川周明 (←こちらの序、序論にも書かれています)


■論点① 何故「日本歴史」を学ぶ必要があるか?

この問いこそ歴史を学ぶための第1歩だろう。これに対する大川の見解は次の通りだ(原文の漢字を略字にし、また適宜かなに直した)。

「吾らは永遠より永遠にわたる日本的生命の一断面である」

かかる自己認識から大川はスタートする。

「意識すると否とにかかわらず、吾らは国民総体としても、はたまた個々の日本人としても、実に日本歴史の全体を宿してこの世にたつている」-したがって

「今日の日本を知らずして、明日の日本を察し難きがごとく、過去の日本を知らずしては、今日の日本を知るべくもない」

かくて結論として-「吾らが現に生きつつある国家、ならびに吾ら自身を正しく把握するためには、必ず国史を学ばねばならぬ」


■論点② 国家の立て直しのためにも国史を学ぶ必要がある

大川は当時、しきりに国家改造の必要性が叫ばれていた風潮を踏まえて、国史を学ぶことの大切さを次のように強調した。

「いかなる世、いかなる国といはず、改造または革新の必要は、国民的生命の衰弱・頽廃から生まれる」

しからば、その「生命の衰弱・頽廃」はいかにして生じるのか。

「生命の衰弱・頽廃は、善なるものの力弱り、悪なるものの横行跋扈するとこによる」

であるならば、改造・革新の道筋もおのずから明らかだろう。すなわち-

「国民的生命のうちに潜む善なるもの・高貴なるもの・堅実なるものを認識し、これを復興せしむることによつて、現に横行しつつある邪悪を打倒しなければならぬ」

つまり「改造または革新」とは一言で述べるならば-

「自国の善を以つて自国の悪を討つこと」にほかならない。

言いかえると、それは決して「他国の善なるがごとく見ゆるものをかり来りて、自国の悪に代ゆることであってはならぬ」ということだ。何故ならそんなことをしても-

「せいぜい成功しても木に竹をつぐにとどまり、決して樹木本来の生命を更新するのではなく、これを別個の竹たらしむるに終わる」からだ。

だから「建設の原理は、断じて他国に求むるべきにあらず、じつに吾うちに求めねばならぬ」のであって、であれば、

「吾うちに求むべき建設の原理は、ただ自国の歴史を学ぶことによつてのみ、これを把握することができる。いま改造の必要に当面しつつある時代において、吾らはいよいよ国史研究の重要を痛感する所以である」


■論点③ 国運と国史研究は盛衰をともにする

大川は①、②で論じた点をさらに実際の史実に照らして「史学の消長と国家の盛衰とが、常に相伴ひ来れる」ことを指摘し、補強した。

まず古代では、『日本書紀』編纂の意義について、こう論じている。

「日本書紀が特に国号を冠したるは、ひとり国民をして建国の由来・精神を知らしむるのみならず、外国に対してまた国体の尊厳を宣揚するの目的をもつて編修せられしものなるが故である」

「当時の支那は唐朝の盛時であり、吾国が盛んにその文物制度を取り入れたる先進国である。その先進国に対して、吾が日本の荘厳なる国体を明示するために日本書紀を編修したることは、日本精神の不羈独立を立証してあまりあるものである」

中世では、やはり『神皇正統記』が特筆されている。

「後醍醐天皇の建武中興は、たとい回天の偉業中道にして挫折したとは言え、まがふべくもなき日本精神の勃興なるがゆえ、北畠親房の『神皇正統記』が生まれた」

平安末期から鎌倉時代にかけて国史をなおざりにしたために、「皇統は百代限りで絶える」といった妄説もはびこった。

しかし、親房は「大日本は神国なり」と断じ、そうした邪説を一蹴した。大川は『神皇正統記』出現の意義を以下のように称賛する。

「まことに神皇正統記は、前に遠く建国創業を望み、後ろに遥かに明治維新を呼ぶところの国史の中軸にして、この書一たび出でて大義名分の存するところ、炳乎として明らかになつた」

近世については、江戸幕府の史学奨励がついに明治維新へとすながった歴史のパラドックスを語る。

「徳川氏は皇室を宗教的に尊宗したが、全く政治的権力を奪ひ去つた。それは言ふまでもなく日本の国体より言へば変則の政治である。しかるに徳川氏の史学奨励は、大いに国史の研究を促し、水戸藩の編修にかかる大日本史を初めとし、保建大記・中興鑑言のごとき、ないしは日本外史・日本政記のごとき、国民をして国体の本義を反省せしむる幾多の著書世に現れ、ついに明治維新の幾運を促進するに至つた」-と。

これらは大川の論述の一部を紹介したにすぎないが、他の例にも多く言及した上で、大川は③の論点をめぐり、次のように結論づけている。

「以上の事実は、最も雄弁に史学の消長と国家の盛衰とが、常に相伴ひ来れることを物語る。そは歴史が国家を隆盛せしめるといふよりは、史学によつて覚醒せられたる日本精神が興国の力となるのである。ただ正しき国史の研究のみが、吾らをして日本歴史の尊貴、日本民族の偉大、日本国体の尊厳を体得せしめ、よく一切の非常時に善処するを得せしめるであらう」

以上のような大川の発言は、今日においても十分、耳を傾けるに値するものだろう。大川の日本歴史をめぐる各論は一層示唆に富む。

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■関連

「日本史ではなく国史といえ!」遠藤健太郎
http://www.youtube.com/watch?v=pvjq-XBU54E

吉田松陰(講孟余話)
http://blog.livedoor.jp/hakkouichiu/archives/cat_9449.html
「井を掘るは水を得るが為なり。学を講ずるは道を得るが為なり。水を得ざれば、掘ること深しと云ども、井とするに足らず。道を得ざれば、講ずること勤むと云ども、学とするに足らず。因て知る、井は水の多少に在て、掘るの浅深に在らず。学は道の得否に在て、勤むるの厚薄に在らざることを。」

「日本二千六百年史」についての当ブログ記事
http://takato112.blog80.fc2.com/blog-entry-409.html

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