豐葦原

明治天皇御製 世はいかに開けゆくとも古(いにしへ)の國のおきては違へざらなむ

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護

Author:護
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眞正護憲論(新無效論)解説
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簡單に覺えられる歷史的假名遣ひ
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民主主義の正体

私の友人が通っていたある中学校は、
友人が入学する以前は「制服」を着なければならなかったのだが、
ある時から「私服」に変わったそうだ。

なぜ私服に変わったのかと言うと、それは選挙の結果だそうだ。
当時の在校生たちが「制服はやだ。私服にしてくれ!」と声をあげ、
学校内で選挙が行われた。その結果、私服支持者が多数を占めたことにより
制服が廃止されたということだった。

友人は「学校は民主主義を尊重する教育方針だったのだろう」と言い、
「でも制服着たかったなー」とも言っていた。

私は、その話を聞きながら、民主主義の欺瞞をよく表した好例だなと思っていた。

ただ単に多数派のわがままを許すだけじゃないか。
しかも、その時にいた生徒たちだけが決めたことで、
やがて入学するであろう後輩たちは制服を着る機会を奪われた。

こんなことはたかが制服の話しかもしれない。
しかし、これを国政レベルで考たら身の毛もよだつのではないだろうか。

その中学校を日本とする。在校生がいま生存している我々だ。
やがて入学するであろう後輩たちは、これから生まれてくる子供たちだ。

民主主義はかけがえのない何か大事なものを子供たちから奪うのではないだろうか?


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