豐葦原

明治天皇御製 世はいかに開けゆくとも古(いにしへ)の國のおきては違へざらなむ

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護

Author:護
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眞正護憲論(新無效論)解説
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簡單に覺えられる歷史的假名遣ひ
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人を愛することは国を愛すること

人を愛することは国を愛することでもある。

誰しも人を愛したことがあると思う。
あるいは今まさに愛している人がいるかもしれないが、
いずれにせよ、その愛する人は空から降ってきたわけでも、その辺から湧いて出てきたわけでもない。

つまり、その人は突然なんの理由もなしにそこに存在している訳ではない。

その人に親がいなければ、その人は存在していない。親にも親がいなければ存在していない。またその親にも…。
そのように辿っていき、単純に人一人の祖先を鎌倉時代まで遡ると、祖先の人数はなんと1億人を超す。

そして、その人には友達や教師からの影響などを受けて人格が形成されている。

さらに、その人が日本人であれば日本の文化や情緒を受け継いでその人の人格を育んでいる。
もちろん、周りにいる友達なども同様である。

つまり、その人は、その人の祖先、家族、友達、地域があったからこそ、そしてそこがその国だったからこそ「その人」だと言える。

したがって、「その人を愛する」ことはその最大の範囲である「国」ごとひっくるめて愛するということなのである。

しかし、地球や世界がなければ日本は存在しないのだから、世界も愛することになるのではないかと思うかもしれないが、やはりその範囲は「国」までなのである。

もちろん、物理的には地球や世界がなければ日本も存在しない。
そういう意味では当然地球や世界があること、さらには宇宙に感謝をすべきかもしれない。

しかし、国が違えば、文化や価値観が変わるのである。
文化や価値観が違えばその人が「その人」であったかは分からない。
また、たとえその人が「その人」であっても自分自身の価値観が違ったら、その人を愛していたのか分からない。

したがって、その人が物理的に存在しているのは地球や宇宙があったからと言えるかもしれないが、その人が「その人」であったこと、そして「その人」を愛せている理由の最大範囲は「その国」であったからだ。

人を愛することは「その人」を作り上げた祖国を愛することでもあるのである。

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