豐葦原

明治天皇御製 世はいかに開けゆくとも古(いにしへ)の國のおきては違へざらなむ

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護

Author:護
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眞正護憲論(新無效論)解説
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≪ 著書 ≫
「國體護持總論」 HTML版
「占領憲法の正體」

≪ 國語 ≫
簡單に覺えられる歷史的假名遣ひ
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當ブログは平成二十三年四月から正字正かなで書いてをります(勉強中)。ブログの仕樣などにより正字表記できない漢字は新字體となつてをります。

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パール判事

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パール判事は、東京裁判の後、昭和27年に再来日した。

サンフランシスコ講和条約が発効し、日本が独立を果たした頃である。
この日本の独立について記者団に聞かれたパール判事はこう答えたそうだ。

「日本は独立したと言っているが、これは独立でも何でもありません」

「強いて言うなら、『半独立』と言ったらよい」

「独立国家と呼ぶためには、次の条件が備わっていなければなりません」

 ①国家の基本法である憲法は、自らの手で書く。
 ②自分たちの領土は自分たちが守る。
 ③国家の祭祀・信仰は何人からも干渉を受けない。
 ④自分たちの子供への教育も同様に、他国からの干渉を排除して自らの意志に基づくものでなければならない。


日本は4つの条件を見事に一つも満たしていない。

再来日したパール判事は、日本の有様を見てこう言った。

「東京裁判の影響は、原子爆弾の被害よりも甚大だ!」

そして、こう訴えられた。

「要するに彼ら(連合国)は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の一七年間(昭和3~20年、東京裁判の審理対象期間)の一切を罪悪と烙印する事が目的であったにちがいない。・・・・私は1928年から1945年までの一七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。その私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。それなのに、あなた方は自分らの子弟に、「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」と教えている。満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。あやまられた歴史は書き変えなければならない。」 (昭和二十七年十一月五日、広島高等裁判所での講演)


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