豐葦原

明治天皇御製 世はいかに開けゆくとも古(いにしへ)の國のおきては違へざらなむ

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護

Author:護
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眞正護憲論(新無效論)解説
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【修身】 迷信 

  第六課 迷信

昔、關原(せきがはら)の役に、徳川家康、出陣の日を九月一日と定めたり。あるもの、「この日は西方ふさがりたれば、日を改めたまへ。」といひしに、家康答へて、「西方ふさがらば、われゆきて開かん、なんのはばかるところかあらん。」とて、出陣せしに、この戰は家康の方の大勝利となれり。また、ある人、藤井懶齋(ふじいらんさい)といふ學者に「御身の屋敷には祟(たたり)あり。はやく、他に移りたまへ。」とすすめしが、懶齋、すこしも、氣にかけず、二十年のながき間、屋敷に、住みし、何の祟もなかりき。方位の説の、迷信なることは、家康の話によりても、知らるべく、家相の説の、迷信なることは、懶齋の話によりても、知らるべし。人は知識をみがき、道理をきはめ、これによりて、事を行ふべし。決して、迷信におちいることなかれ。


高等小學修身書 第二學年兒童用 (明治三十六年十二月十九日發行)
引用元 「修身」全資料集成

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