http://youtu.be/cDFrtPYyEcI
動畫のつづき→ 『憲法無効論など生ぬるい!②』倉山満 AJER2012.2.10(2)
この動畫を觀ると倉山氏も無效論者なのかなといふ感じもしますが、最近の雜誌「正論」(今年の3月號)では改憲を述べてゐたさうでなので、どちらなのでせうかね。
「憲法無効論など生ぬるい!」とはどういふ事なのかよく分かりませんでした。無效論は間違つてゐるといふ事なのか、それとも無效であるのは當然といふ事なのか。後者だと改憲と矛盾しますよね。「生ぬるい!」と言はれても、そもそも法(帝國憲法)に基づけば占領憲法は憲法として無效であり、無效は無效としか言ひやうがないと思ふのですが。
でも、さう言つて頂けると、無效論に抵抗のある人が「あれ?無效論つて大した事ないの?」(いい意味で)と思つてくれるかもしれませんが(笑)
倉山氏は、非合法ではないけど超法規的な天皇大權の發動で、法を超えた存在で、憲法そのものを新に(創る?)、と述べてゐますが、それは倉山氏自身が架空の事實だと述べてゐる「天皇主權論」ですよね?天皇といへども法のもとにあります。
そして、合法的に無效宣言を行ふ方法として占領憲法の96條に遵ふと述べてゐますが、無效論を「無效にする」ものだと考へてゐるのでせうか。無效といふのは元々無效なのですから「確認」すれば良いだけですが、いづれにせよ、96條に遵ふのなら改正といふ事ですよね。
で、やはり改正論なのだなと思ふのが、中身をどうするか、中身を變へる事により無效宣言と同じになる、中身を帝國憲法の改正のやうにする、と述べてゐる點です。要するに、倉山氏の云ふ「無效宣言」は「改憲」を云ひ換へただけなのだと思ひます。96條で行ふのですからね。
そして、占領憲法は民族の記憶から抹消するべきだとも述べてゐますが、改正はさらに強固に民族の記憶に刻む行爲ですよね。
そもそも、民族の記憶から抹消するべきとは云つても、日本が大東亞戰爭を戰つた事、敗戰、占領といふ事實は殘るはずですから、占領憲法の存在を民族の記憶から消すといふのは無理ではないかと思ひます。むしろ、今後の爲にも教訓として忘れてはならない事のやうな氣がします。
とはいへ、法的には新無效論であれば、占領憲法は憲法としてそもそも無效ですし、占領憲法は講和條約ですから「破毀通告」でそれこそ占領憲法を消し去る事ができます。なので、やはり新無效論で良いのではないでせうか?
なほ、念の爲に言ひますと、破毀通告されるまでは帝國憲法に基いた状態で占領憲法は現存するので法的安定性は崩れません。無效宣言(無效確認)で直ちに占領憲法が無くなるのではなく、破毀通告するまでは現存します。つまり無效宣言と破毀通告は別で、破毀通告されるまでに時間的余裕があります。
まづは無效である事を確認(無效宣言)するだけでも、國や國民が今もなほ帝國憲法秩序内にあるのだといふ認識となるので、それだけでもだいぶ違ふと思ひます。といふより、まづはその認識を持ちしばらくそれで過ごして、いはゆる戰後レジームの毒をできる限りなくしてから帝國憲法を改正するのが良いのではないかと思ひます。
まとめると、新無效論であれば法に基いて、しかも法的安定性を崩さずに、戰後レジームから脱却できます。
ちなみに、聞き手の梅原克彦氏も基本的には無效論だと述べてゐますね。
大日本帝国憲法現存論・占領憲法無効宣言実施手順/南出喜久治
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