豐葦原

明治天皇御製 世はいかに開けゆくとも古(いにしへ)の國のおきては違へざらなむ

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護

Author:護
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※※※※必見!必讀!※※※※
≪ 動畫 ≫
眞正護憲論(新無效論)解説
①講義編 ②質疑應答編
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≪ 著書 ≫
「國體護持總論」 HTML版
「占領憲法の正體」

≪ 國語 ≫
簡單に覺えられる歷史的假名遣ひ
※※※※※※※※※※※※※※

當ブログは平成二十三年四月から正字正かなで書いてをります(勉強中)。ブログの仕樣などにより正字表記できない漢字は新字體となつてをります。

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漢字は成立ちを知れば簡單に覺えられる!

漢字はそもそも表意文字なので、機械的に覺えるのではなく
成立ちを知つて所謂ストーリー記憶するものだと思ひます。

例へば は以下のやうな意味で構成されてゐます。(「漢字源」を參考)。

學 色づけ

上部の眞ん中、靑の○で示した×のやうな字は交流を表してゐます。
二つあるので複數囘、複數人を表してゐるのでせう。

赤○で示した部分は、手を表し
靑の部分と倂せて先生の敎へを生徒が受取る樣子を表してゐるさうです。

綠色の○の部分は、屋根を表します。

黃色の「子」は子供の子でもありますが、
孔子や老子など學問を修めたすぐれた人の名につける敬稱でもあります。

以上から、まさに學校の「學」、
學ぶとは師と弟子との交流だといふ氣がして來ます。

ご存知かと思ひますが「學」は「学」の正字體です。
現在一般的に使はれてゐる「学」ではこの説明が出來ず成立ちが分かりません。
成立ちが分からないといふ事は、機械的に覺えるしかなくなります。
機械的に覺えるのは砂を嚙むやうな覺え方で面白くないですよね。
敎へる側の先生もつまらないと思ひます。

ちなみに、機械的に覺えるのは子供は得意で大人は苦手と云はれてゐますが
ストーリー記憶に關しては知識・經驗・論理思考などが
子供より勝る大人の方が優れてゐるさうです。

では、成立ちを知つた上で、三、四囘書いてみませう!
もう覺えられたのではないでせうか。

<關聯>
「豐」とは穗がたくさんあること
http://takato112.blog80.fc2.com/blog-entry-929.html

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「用ゐ」か「用ひ」か

現代假名遣の「用い」は、正假名遣で「用ゐ」と表記すると思ひますが、戰前の本などでは「用ひ」と表記されてゐるのをよく見掛けます。

そこで、「正しい使ひ方 假名遣と送假名」 服部嘉香 を見てみると、

【用ゐ】―「用ゐ」は文語、口語ともにワ行上一段活用、「用ひ」は、文語ではハ行上二段活用、口語ではハ行上一段活用である。隨つて、「用ゐ」の方が活用の記憶も簡單であるし、また、語の成立の上からいへば、「用ゐ」卽ち「持、居」であるから、語尾の假名を「ゐ」に出す方が正しくもある。


語の成立からすると「用ゐ」の方が正しいさうなので、「用ゐ」が良いやうです。


イ音便と形容詞の「い」は正かなづかひです

正かなづかひで書く方が增えて來てゐます。それに伴つて正かなづかひの間違ひを見かける機會も增えました。正かなづかひは自分自身勉强中ですが、最近見かけるそれはイ音便と形容詞に關するものが多い印象です。

■イ音便

イ音便は、き、ぎ、し、り ( ki gi si ri )の子音が脱落して母音が殘り、イの音になる現象です。

例へば、「知らない」などの「~ない」、「解りたい」などの「~たい」、「~を書いて」など、それらの「い」は、「~なき」、「~たき」、「~を(書)きて」の「き」がイ音便( ki の k が脱落)により「い」となつたものです。

つまり、「(知ら)ない」、「(解り)たい」、「~を(書)いて」は、正かなづかひです。それらの「い」を「ひ」や「ゐ」にするのは間違ひです。

■形容詞

形容詞は「高い」「明るい」「白い」「美しい」「嬉しい」などですが、これらの「い」も「ひ」や「ゐ」にする必要はなくそのままで正かなづかひです。

(これら形容詞も「高き」などの「き」がイ音便により「高い」になつたものではないかと思ひますが、一應イ音便と項目を分けました。)

■コツは一度古めかしい言ひ方にしてみる

これは私が思つてゐる事ですが、現代かなづかいから正かなづかひに直す際に「い」のままで良いのか(イ音便なのか)判るコツは、一度古めかしい言ひ方にしてみると好いと思ひます(變化する前に戾す)。例へば、「~を聞いて」を古めかしく言へば、「~を聞きて」ですよね。

大袈裟かもしれませんが、かういふところに國語のつながり、すなはち御先祖樣との繋がりを感じられます。それにしても、正かなづかひを使つてゐなければ、イ音便と云ふものを私は知らないままだつたかもしれませんw

ちなみに、一日(ついたち)も月立(つきたち)のイ音便です。月が立つ日だから一日(ついたち)です。

■「ゐ」か「ひ」になる例

「ゐ」は基本的に居るの「居」を意味しますので、その「い」であれば「ゐ」となります。「ゐる」「ゐます」などです。そこでよくある誤解は、「ございます」を「ござゐます」としてしまふ事です。「ございます」は「ござります」のイ音便です( ri の r が脱落)。つまり、「ございます」で正かなづかひです。

「ひ」となる例は「思ひます」などハ行四段活用動詞があります。現代かなづかいで言ひ切りの語尾が「う」になる動詞がそれです。(左側が現代かなづかい、右側が正かなづかひ)
例 思う [思わ、思い、思う、思え]→ 思ふ [思は、思ひ、思ふ、思へ]
   言う [言わ、言い、言う、言え]→ 言ふ [言は、言ひ、言ふ、言へ]


歴史的仮名遣ひと音便
http://homepage1.nifty.com/~petronius/kana/onbin.html
正統かな遣ひ入門
http://takato112.blog80.fc2.com/blog-entry-861.html

山田孝雄 『國語の本質』

山田孝雄 『國語の本質』
http://scr.bi/O3Eq4y


まだ途中までしか讀んでゐませんが本文からいくつかの文章と共にご紹介。
( )書きの漢數字はページ數です。

「言葉の正しいといふのは、傳統の通りに用ゐられてゐるかゐないかに在る。」(二五)

「傳統などはどうでもよいといふ考へ方は、我が大日本皇國の忠誠なる國民として、夢にも考へてはならない思想ではないだらうか。」(二六)

「日本の言葉といふものは結局日本思想である。」(二八)

「言葉を改めれば、思想、感情も同時に改まつてしまふ。」(三〇)

「言葉を濫りに、かうやるはうが便利だとかいつて、輕卒に變へたりすることは、日本の傳統的の國民精神そのものを害ふことになるのである。」(三〇)

「國語はそれぞれの國民の遠い祖先から繼承して來た精神的文化的の遺産である。」(五二)

「私はこの國語の傳統性を傷つけることはやがては國家に危害を加へる漸をなすであらうことを畏れ恐こむのである。」(五三)

『保守に捧ぐ正假名遣入門』


URL http://youtu.be/R_5n5JiPi24

國語力向上に 『論理トレーニング101題』

かなり前に讀んだものですが、論理力(國語力)の向上にお薦めです。
興味のある方は最初の數ページを下に載せましたので讀んでみて下さい。

論理の力とは、「思考力」の事ではなく、
「思考を表現する力」、或は、「表現された思考をきちんと讀み解く力」の事ださうです。
例へば、文章を書く力、讀む力のことですね。


論理トレーニング101題論理トレーニング101題
(2001/05/15)
野矢 茂樹

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ront1.jpg 二ront2.jpg

ront3.jpg 四ront4.jpg

ページにより色が異なる樣になつてゐますが、實際は同じです。
私のスキャナーが安物の所爲かやり方が惡いのだと思ひます。

この本の前後に同著者からシリーズ的に出されてゐるものがありますが
氣軽に一人で默々とやるにはこちらが良いと思ひます。

自分も一日に數問、再トレーニングしようと思ひます。

「あとからくる者のために」

【魔都見聞録】日本語と言霊の力[桜H24/4/23]


歷史的かなづかひが讀みにくいといふのは迷信

『私の國語敎室』 福田恆存  101頁~103頁から引用

雜誌や單行本の編輯者のなかには、たくさん賣るためにはどうしても「現代かなづかい」にしなければだめだと思ひこんでゐる人がをりますが、言ふまでもなく、これは單なる先入觀に過ぎません。試みに吉川英治氏の小說を歷史的かなづかひで出してみるといい。賣行きは少しも變らないでせう。いや、現に谷崎潤一郎氏の『鍵』は歷史的かなづかひですが、それはこの作品がベスト・セラーになるのを少しも妨げはしなかつた。もし『鍵』は主として歷史的かなづかひで育つた中年層に受入れられたからだと言ふなら、三島由紀夫氏の小說を例にとつてもよろしい。彼も歷史的かなづかひで書いてをりますが、やはり大抵ベスト・セラーになります。同樣に、私が「現代かなづかい」に改宗したところで、それだけ印稅收入が殖えるといふこともありますまい。たびたび私事をいふやうですが、いま中學一年の私の長男は學校で漱石の話を聞いてきたのでせう、夏休みに『坊つちやん』と『吾輩は猫である』をたてつづけに讀み、大層おもしろがつてをりました。それらがいづれも歷史的かなづかひで書かれてゐることは申すまでもありません。それにもかかはらず、文中理解できぬ箇處の質問は耳なれぬ言葉や漢語の意味に限られ、かなづかひの讀みについて不審をただしたことは一度もありませんでした。そのことと倂せて、漱石が今日でも壓倒的に靑少年の讀者を集めてゐること、際物のベスト・セラーなど遠く及ばぬことに注意していただきたい。かなづかひの舊新は決して本の賣行きを左右いたしません。ある本を買ふか買はぬかを決めるのに、店頭でいちわうかなづかひを調べてからにするといふ人はまづ無いと思はれます。といふことは、どんな若い人でも歷史的かなづかひを「現代かなづかい」同樣、容易に讀みこなしてゐるといふことです。

(略)

歷史的かなづかひが讀みにくいといふのは全く根も葉もない迷信であります。今まで一度もそれに接したことのないものでも、彼が日本人である以上、その文字と音とのずれをことごとく讀みあて、しかも十頁も行かぬうちにそのずれの法則のすべてを類推で歸納しうるはずです。事實、戰前にはどんな無敎育なものでも、歷史的かなづかひを皆そのやうにして讀み習つてきたのであり、今日の國語改革論者が大仰に宣傳するやうな意思傳逹の混亂など露ほども生じなかつたのであります。そこに大變な混亂があつたやうに事實を歪め、當時の靑少年が大きな負澹にあへいでゐたやうに誣ひたのは、明治以來の表音主義者の、よく言つて思ひ過し、わるく言へば何か下心あつてのことでせう。それはいはば捏造に過ぎず、なんら現實の根據なきものであります。

 
(※手入力のため誤字脱字があるかもしれません。もしありましたら見附け次第修正します。なほ、こちらの仕樣上正字表示できない漢字は新字體となつてをります。)

■實は占領憲法も歷史的かなづかひ

歷史的かなづかひで書かれたものを讀み終つた後に「さういへばこれ歷史的かなづかひで書かれてたんだよな」と思ふ事があります。たとへば占領憲法(日本國憲法)です。

占領憲法は歷史的かなづかひで書かれてゐます。「歷史的かなづかひで書かれてゐるから占領憲法は讀むのに苦勞した」といふ人は殆どゐないのではないでせうか?

日本人なら誰でも歷史的かなづかひは難なく讀めるのです。

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